ビール、チェコ語、ポーランド語

A record of my love for beer and languages

成長と、旅行への願い。

博多の駅前は、今年も賑やかでしょう。が、今年はまだ行っていません(写真は去年)

 

この数日、ポーランドツアーをいくつか検討中です。

できたらいいなと思う気持ちから、やろうと決めた時に、世界は別の姿を見せる気がします。

 

ヨーロッパは行ったことがないけど、いつかは行きたいな。と思っていて、予約したツアーがコロナでキャンセルになって。なんとなく、コロナを言い訳にして、解禁になっても旅行に行かないことについて、行けないからという理由にしてしまってたような。

 

行きたいけど、行けないのよ。と、自分の悲劇性を訴えるかのように。

でも今年は海外旅行も行けるようになりつつあり、行こうと思えば行けます。

 

来年の3月に、ポーランドに行こうと思っていたものの、実際いけるとなると、少しだけドキドキして。それは決断することの結果が想像上とは別次元だからか、なかなか踏み込めない。本当に行きたいのはチェコかも。とか、ケルトが好きだからアイルランドへの留学か? などと。いろんな案が浮かんできて、決断を阻みます。

 

英語を話したいなと思っている人と。英語を話すために毎日学習している人に大きな隔たりがあるように、行きたい人と、実際に行った人の差は雲泥の差です。

 

決断しないと、いつの日か決断することができるという、安心感があり、それを後ろ盾にすることができるのかな。大好きなものを最後まで取っておいて食べれなくなるような。

 

なので。

とりあえず決めてしまうということで、来年ツアーの予約を取りました。

 

スケジュール的には、機中泊があるのでポーランドからのチェコは難しいかも知れませんが、この旅行がうまくいけば、ヨーロッパの旅行を毎年計画できるかもしれないと期待したり。

 

そして、日程を決めてから、心の中の変化に気付きました。

 

それは、多分どれを選んでも(留学とかホームステイとか)間違いではないということ。何かを選ぶということは、誰のせいにもすることができないため、言い訳が使えません。だから、占いとか神への祈りとか、もしも叶わなかった時の責任を誰かや何かと痛み分けしたいと思う気持ちを封印することができ、その中でもう一人の自分がぼんやりと見えてきます。

 

そのもう一人の自分こそが、実は神ではないか? と。

 

少し前までは、自分の思い通りにいかないとイライラしていましたが、最近は全てが順調という方々の意見を尊重して、うまくいかそうとする自分を無くそうとしてます。どんな決断も、自分の中のその時の最善だと思っていたわけなら良いではないかと。もしもそれがたとえ間違いだとして、その間違いを証明することは不可能ですし。うまくいくとかいかないとかは、自分の主観で。時間が過ぎると逆転することもあるからです。

 

なので、今できないことはやらない。

でも、今できることはやる。

 

この思考に切り替わったのか、日々ストレスが減っている気がします。

 

イライラしていたのは、自分が理想を描いていてその通りにならないから。

でも、その通りにならないということはそれが事実なので、従うしかない。

だから、うまくいかないということを受け入れる。

 

私は少し前まで、言語の学習では、うまく行っていることを正、うまく行っていないことを誤だと考えていました。じゃあ何がうまく行っていないのかを自分に問うと、そんなことは答えることができないわけです。日々成長しているわけだから。

 

英語ペラペラな人と自分を比べて、自分がどれだけレベルが足りないのかを実感し、何か他のものに縋る(すがる)のではなく、自分がこれまで行ってきたことや、日々行なっていることを信じることができるかどうか。

 

うまくいくとか、いかないとかは、大人になった私自身の中にある自我が邪魔をしているだけで、何かを毎日実行していたら、絶対にある場所に辿り着ける。そんなことを考えています。

 

さらに。もう一ついいことが。

決断したことで、自分の中にあったいろんなバラバラが、整列した感覚です。

どうすればいいのかなと真剣に悩んでいるフリをしているのは自我で、すでにわかっているのが本当の私。本当の私とか自我とか単語を使うのはあまり好きではありませんが。言い換えると、自我は長年の蓄積で形成された、対社会性の性格かな。本当の私は生まれた瞬間の、思考のない私。思考がないけれど、全部を肯定している(せざるを得ない)存在。無敵。こんなことをしたらどう思われるかとか関係なし。

 

どうしてももっと早く気づかなかったのだろう。と思っています。

最善の決断をしようと悩むより、決断すること。決断こそが最善だから。

 

<ポーランド語学習のきも>

⭐︎格変化や単語の変化は、覚えない。

→ 全てを覚えた時に多分寿命くる。

⭐︎覚えられない単語は、何かしら脳内でフィルターがかかっているので覚えない。

→ 無理は、無し。

⭐︎簡単なフレーズが、舌に定着するまで言い続ける。

→ 舌と口が、言語のトレーニングで重要だと感じるから。

 

あと3ヶ月しかないじゃんと、本気で焦る自我。数日前まで、どうすれば自分の最善の未来に繋がるのかなと本気で思っていたのに。自我って適当ですね。

 

Do złapania.(ではまた)