チェコ語学び|318日|10ヶ月と13日||チェコ語ヒアリング時間|632時間
チェコ語の学習の楽しさが、今までより一段上がったように感じる最近です。
わかる言葉が増えてきたということが要因かもしれません。でも、わからない言葉も依然として多いですし、何を言っているかわからないことが大半です。むしろそっちの方が多いです。
で、最近思ったのが。
わからないことが多いけど、tak ale を「そうね。でも」とか日本語で話をしている情景をイメージで思い浮かべられるようになってきています。
あと、日本語とチェコ語は言葉の構造が全く違うのですが、ずーっとチェコ語を聞いていると、意味理解よりも感覚理解が先行するようになってきます。
この、意味理解よりも感覚理解は、文法知ってますとか、語彙が豊富ですという感覚とはちょっと違うんです。
わかることを数えるのと、わからないことを数えると、圧倒的にわからないことの方が多いです。そして、自分が一生懸命に勉強している言語においてわからないことだらけだとモチベーションを維持するのが大変だと思うわけです。
私は、わからなくて当たり前だ。という前提のもとでずっとチェコ語を聞いています。本当に毎日ずっと聞いていると脳がおかしくなってきて、何を言っているかわかりたいという欲求が自然に消えていき、聞くことが目的になります。
淡々と毎日続けているので、「楽しい!」だから毎日続けようという感覚ではないのですが、わからないチェコ語の中でも、チェコ語の映画やポッドキャストで、話される単語やフレーズを徐々にチェコ語のまま理解できるようになると、その数が増えていくと俄然モチベーションは上がるわけです。
この感覚、どうやったら言語化したらいいのでしょうか。
参考書では、「ドブリーべチェール」なのですが、ポッドキャストや映画を見ていると「ドブリベチェル」と聞こえます。「ドブリベチェルヴィーテイテ」から始まります。
ニュースの最後、インタビューしていて別れる時は、「ヘズキヴェチェルナスレダノウ」(良い夜を、さようなら)これは直訳ですが、日本語だと仲良し相手に「またね」だと思うわけです。これが、感覚理解なのかなーと思っています。
わからないことは気にせず、わかることは感動レベルで喜ぶ。
これからも続けます。