ビール、チェコ語、ポーランド語

A record of my love for beer and languages

言語学習|言葉がその人の人生を創る

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|Od roku 2019|

 §  チェコ語学習|651日|1年9ヶ月と12日

 §  ヒアリング時間|1280時間

 

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言い訳だらけの言葉にまつ人生は、逃げ続ける人生。

使う言葉で、人生が変わるとしたら事件だけど、使う言葉と歩き方はその人の人生を映し出す。

 

言葉とは思考の表れだから、言葉を観察すればその人の思考は見えてくる。

そして、そのような思考で生きてきた人生の歩みは、文字通り、歩き方に出る。

 

自分の人生をより良いものにしたいなら言葉に気を使うと良い。

これは本当だと思う。

 

これを言うと、少し前に流行ったものと勘違いする人がいる。

お金持ちになりたいから「宝くじに当たる」と言いまくるとか、全くうまくいっていないのに、「うまくいっている」と連呼するとか。

 

この世界は、本質以外は枝葉だから、本質を理解しないで、枝葉だけに注目しても意味がない。

 

無理矢理言うことは、その都度、脳をクラッシュさせるようなもの。

無理矢理言うことではなく、目の前の事象を選択する訓練をすることで脳の構造が変わる。

 

これは言語学習をして感じたこと。

言語学習をすると、選択肢が増える。

選択肢が増えると言うことは、選択する場面が<増える>ことを意味する。選択する機会が増えるということは、無意識に惰性で決断することをストップすることができる。この一旦止まって俯瞰できる思考回路が、非常に大切。

 

あることを言いたいとして、日本語だと、こう。だけれど、他の言語ならどう言うのだろうか。

言語学習をしたことで、この回路が一旦挟まれるようになった。

 

だから

 

これはこうだよ!

と言い切る人を見て、本当にそうなのか?

と感じる自分が別人格で形成された。

これが非常に厄介で、この人格は高確率で人に嫌われる。

なぜなら、人は<自分が信じていることが全て>だから。

 

それ、どこの情報?

本当に真実? 思い込みじゃなくて?

情報が真実だとなぜ思う?

とか質問する。

 

これは海外では当たり前のディスカッションだけど

日本ではタブーである。

 

日本人だから、日本にいるときは、日本のしきたりに従え。

これも一理ある。

けれども、私は日本人であると同時に、地球人である。

 

日本は、情報の質より、その情報の発信源が優先される。

権威主義的な。

 

だから私は日本が嫌いになった。

これはストレートな表現だから、言い方を変えてみる。

 

日本のいいところもあるけれど言語を学べば学ぶほど、今の<一般大衆的日本>が嫌いになる。それでも、日本の本質は大好きであり、日本の言葉が持つ言霊力とかは、他の言語にはないことは明らか。

 

選択とは。雨が降った時に、「恵みの雨だ」と言うのか。「雨が降ったから計画していたレジャーは無し。残念」と言うのか。の違い。小さい違いだけど、この積み重ねはその人の人生を創る。

 

海外の言語は、あまり含みがない表現方法が多いので、言いたいことを明確に持っていないとコミュニケーションができない。

 

日本ではどうでもいいことで雑談が可能だ。

コミュニケーションが主で、言葉は二次的だ。